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サバイバル力を。

  • 執筆者の写真: Daisuke Shirakawa
    Daisuke Shirakawa
  • 2020年7月17日
  • 読了時間: 5分

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ものすごい長雨。

この時期、田んぼを少し干したい時期だったのですが…。


水田と言えども、ずっと水はっておくのが良いわけでもなく。

というか、田植えのまんま、下がどろどろで秋までいくと、

稲刈りでぐっちゃぐちゃになります。



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恐怖…乾く気配が無い…



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最低これくらいのヒビが入るくらいには干したい…

色んな意味で干したい時期に、ひたっすら雨。


前回のブログタイトルが「渇水」だったのがもはや滑稽。

むちゃくちゃな天気。。

はぁぁ。。河川の氾濫など被害が甚大な地域のことを考えたら贅沢は言えないのですが、

やはり厳しい事はきびしい。

事実、日照時間も平年の半分ほどで推移とか。

この後もなかなか晴れないとか。

どーなるんだろ…

この間も、イノシシが進撃してきていて、

1頭だけ獲りましたが、対策に追われる、というか追いついていない7月。

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凄まじい破壊力の2才メスでした…

分かりますかね?檻の中がイノシシによって30cmは掘られているのが。

ちなみに写真右側の茶色いところも、これまでイノシシが荒らしまくってた跡です…



ドタバタの田んぼライフですが、

当然都会ライフとしてはコロナのことで大変な日々の方も多いかと。

色々な問題を考えねばならないのでロクにニュースさえ追えていない僕が何言ってんだってなるかと思いますが、ど田舎の田んぼにへばりついている米農家目線での雑感。

コロナも大雨も同じ「災害」なんだと思う。

災害が起こって色んなものがぶっ壊れたら、呆然としつつも、

生き延びていくために、復旧したり、引っ越したり、違うシゴト始めてみたり、

色々と動くわけですよね。

コロナも、物理的には破壊されてないだけで、災害だと思うんですよ。

ということは、

仕事が激減している人は、「元に戻るまで耐える」一択では無理ってことで。

Go Toキャンペーンがドタバタしてますが、

とにかく、ここまでは「自然災害」だったものが「人災」になりつつあるのが

残念でならない。

僕の友人で、鳥取に移住して民宿をしている人が、

行政とかから要請など何も受けていないのに、

自発的に民宿を一時休業することにしました。

お金はどーにか稼ぐ。

守りたいのは、これまで培ってきた信頼関係や地域の安心とのこと。

素晴らしいと思いました。

結果的にどーにかなるのかなんて、誰にも分かりません。

が、もう少し「どーにかするんだ!」というサバイバル力をみんなが持ってる世の中で、

コロナが起こっていたら、というタラレバを考えちゃいました。

政府の骨太のなんちゃらでも、兼業や副業が加速していきそうな掛け声ですが、

僕も超絶不安定な米農家として、「安定感」をこれまでと違う意味で実現していけたらなーと、思いました。

どーにかできるタフさを身に付けていたり、身に付けようとする人たちで

不安定ながら多様なシゴトをたくさん田舎に生み出してたら、

それはもしもの時に「実は安定」だったりして。

・・・という妄想ですが(笑)

せっかく不安定なシゴトしてるんだから、妄想くらい好きなようにしたい。

ほぼ関係ないけど、

草刈りの刃を研ぐ機械が調子悪くなって、

困ったので「分解して掃除してみる」という

挑戦に。



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こういうの、ほんと苦手なんです。


しかし!苦手とか言ってられん!失敗しようとも、

ここで経験を積むのだ!と、何故かウザいくらい前向き。



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このあたりで不安MAX。元に戻せるのか(笑)


とかとか。



とにかく、農家的には、コロナだって「おこってしまったことは仕方がない」。

いまサバイバル力が大人に無いのは残念だが仕方がない。

これからだ!(←謎のテンション)

だけど。

だけどね。

ちょっと最近モヤモヤと気になっているのが。

なんだか、

「子どもたち目線に立って考えてあげている雰囲気が感じられない」

ということ。

色んな政策や、感染の拡大や、その対策について、コメントをざざっと見るに、

経済か、健康か、ということは沢山見るのですが。

色々事情はあるにせよ、

「大人の事情」で「withコロナ」とか言っちゃってるさなかに過ぎていく「時間」

とっても大事である存在としての「子どもたち」を想像できているのかなと。

子どもたちにとっては大人以上に「今年」「いま」が大事。

小学校1年生はいましかない。

それぞれのステージを卒業する年も、今年しかない。

部活動も、その他行事も、友だちとの時間も。

僕ら大人にとっては、「こりゃ落ち着くまでに数年かかるな」とか言える問題でも、

子どもたちにとっては、大会もなし、修学旅行もなしの期間が何年も?とか、

気の毒で仕方ないなと。

第二波っぽいのが来て、再びオンライン飲み会のお誘いが増えてきて。

それが悪いというのではなくて。なんか子どもたちのこと考えるとモヤモヤします。

大人はそれで良いのかもですが。



楽しみにしていた小学校に入学してみたら、

休校で、やっと始まったらマスクで、自由にはしゃげないとかで、

つまんないから不登校とか。

大会も修学旅行も、いろんな行事が大人によって消されていく。

「安全のために休校にしたら」

とかいうコメントをちょいちょい見るけど、

当事者のこと考えたら、安易すぎじゃないかな。


誰が危険にしたんだ?

危険な状況を作らずに済んだのでは?

大人のサバイバル力が無いのは、仕方がないとか書いちゃったけど、

この、数字とかで上がってきにくい「子どもの青春」みたいな時間を考えると

青臭いんだろうけど、すごくシンドイ。

災害が起こっているのに二次災害覚悟で、

「助けるためにも旅行に行こう」みたいなことになり、

感染が広がり、子どもたちの「今しかない大切な時期」が犠牲になる。

それを守ろうとか言うモチベーションも大人には生まれにくいのかな。

長雨にやられ、イノシシに攻められ、自分でイッパイイッパイなのに(笑)

ダメならダメで、農業以外だとしてもどーにかして生き延びてやる!

ってなぜか思える。

特に根拠はないけど、鹿野だとそれをできる可能性があるような気もします。

なんかこの機会にその辺変えていかないと、

とばっちり食わされてる子どもたちに顔向けできない気がするこの頃。

てか、「そもそも人を移動させずに給付金で補助すれば良いじゃん。」

って案の説得力がすごい。

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