心がざわざわしたので。
- Daisuke Shirakawa
- 2020年3月31日
- 読了時間: 6分
今さらながら心がざわざわした自分が恥ずかしい気持ちです。
恥ずかしながらも、
今のザワザワ感を書いておこうかと。
例えば僕がいま、陽性反応が出たとして。
現金収入を得られるはずの仕事である「お米作り」は、できない。
いくら農作業と言えども、
誰とも接触せずに、
誰にも恐怖を与えずに、
しかも自分自身の体調を管理しながらなんて不可能。
いま、農作業をせずに作付けを断念したら。
自分が運よく重篤化を免れて、回復したとしても。
秋に当然お米は実らない。植えてないので。
※ちなみに東南アジアでは、塩害の影響で乾季の作付けを断念した農地が多いらしく、
その人たちの生活が気になります。
いっくら助け合いの精神あふれる田舎とは言え、農業の担い手減少著しい農村で、僕の代わりに「田植えしといたよ」と言ってくれる人の出現は、きっと無い。
秋にお米が実らないということは。
2021年の秋のお米までは、(なにも仕事がなければ)収入が無い事になる。
今から1年半後…。
幸い、買ってしまった肥料などの資材は、来年も使えるので、
生活を切り詰めたり誰かに助けてもらいながら生き延びれば、来年、再び稲作ができるかもしれません。
あなたは、どうですか?
あなたの会社の仕事は、
「自分や周りへの感染リスクを高めると分かっていても、いま、通勤してやらなければ、感染するよりもヒドイこと」になりますか?
僕の友人も沢山在宅勤務や休業になっていますが、
通勤している人もまだまだ多いですよね。
僕も東京でサラリーマンをしていたので、想像してみます。
会社が何と言おうと、
「私は世のため人のため、出社拒否します」と
言いたい人は沢山いるでしょう。
しかし、「同僚みんなで出社拒否しないと、私だけクビになったり待遇が悪くなったりする」という「同僚との生存競争」意識が横たわったりして、言えないことも。
仮に、「同僚たちとの合意」が取れて
「いま、無理やり仕事をしなくても、2~3か月後からの再スタートでも良いと判断して会社をストップしましょう」と経営陣に言えたとする。
しかし、今度は
「いま当社だけがストップした場合、競合他社に顧客が移り、2~3か月後には会社が存続できるか分からない」という経営陣の危機感が横たわる。
ということは、、
仮に「業界全体の合意」が取れていれば
「この期間、〇〇業界の全社が事業をストップしましょう」と決めることができる(かもしれない)。
もし、いま「イヤイヤ出社」しているなら。
どうせ会社に行くなら。
こういう方向で議論するなり、作戦を練るなりした方が「good job!」なのではないでしょうか。
仕事って、世の中に求められていることをして対価を得るものではないでしょうか。
対価ってなんだよ。
ってなりますよね。
安全な社会。
じゃダメかな。
安全な社会は当たり前で、その上で良いところに住んで、良いレストランに行けて、
遊ぶお金も必要で、そのために仕事してるんだ。
というのが、もう無いものねだりみたいになってしまっている。
もちろん、個人の経済事情も多様化し、その原因を全て個人に追わせて「自己責任」
というのも無茶な社会構造なわけで、本当はその辺りから省みるべきことは多いのだろうけど、
まずは、強制的に「うごくな!」と言われる前に
僕らひとり一人の「考えを変える努力」をどれだけできるのか。
お上からの支援方法についても、あれこれ言われていて、
お肉とかお魚とかの冗談みたいな話は置いておいて、
現金給付も、まぁありっちゃありですが。
そもそも、これだけ世界が繋がってしまって、
多方面に負の連鎖が及んでいるのに、「固定費」は絶対いつも通り支払わねばならない、
というのをどうにかできないものか、と思ってしまいます。
要するに、「家賃」ですが。
恐らくですが、
僕の居る鹿野が壊滅状態になったら、或いは僕が働けなくなったら。
泣きつけば半年くらいは家賃猶予してくれるんじゃないかな…
大都市の超巨大企業にとって、家賃収入を免除・滞納許可したところで、
そんなすぐに生き死にの話にならないんじゃないの?と。
これは制度というよりは「風土」に近い社会の仕組みの話のような気がするので、
これを変えようとするよりは、さっさと現金給付してこの場を乗り切るしかないのかな、
とも思いますが。
あと、ちょっと話はそれるけど、
外出を自粛しきれない若者を批判するのは違うと思うな、というザワザワも。
(外に出ている子どもを通報するのはもっと違う)
ここには、世代間の断絶もあると思う。
多分だけど、
若い人が重篤化しにくい、という傾向だけでなく、
これまでの「大人(どの年代を指すのかは明確ではないですが)」の振る舞いに嫌気がさしている若い人たちに「メッセージが届かない(響かない)」ということもあるんじゃないかな。
嘘や汚職、保身にまみれた大人たちをニュースや職場や色々な所で見せつけられてきた若い世代との「埋めがたい心理的距離感」にも心を配っていく必要があるんじゃないかなと。
だって実際、「絶対に必要なのかどうかの熟考」をしたのか疑わしいのに通勤している人がまだまだ居るわけで、
ずっとじっとしてたら気が滅入るから、ちょっと町まで買い物に、というのがダメというのは、納得感が薄いような気もする。
(彼ら自身のリスクがそもそも過小認識されているのが大きな問題ですが)
このコミュニケーションの問題も、今すぐどうこうできる問題ではなくて、時間がかかることなので、まずは目先の「安全な社会」を取り戻すための対応が必須だとは思う。
でも、喉元過ぎれば、という感じで
「あぁ~大変だった。もうあと○○年はこんなことないでしょ」
とやり過ごしては、
多くの犠牲や損失を無駄にしてしまうし、なんとも進歩の無い感じになってしまいそう。
田舎にも分断はいっぱいあって、
というか、僕が思うに、「多様性に慣れていない」同質社会という意味では、
違いを許容するキャパは、田舎の方が無いような気が…。
その分断は根が深く、同じことを言っていても「誰が言ったか」が、
伝わるか否かの重要なことだったりする。
あらゆる所に存在する「ワンチームになれない感」から目を背けずにいられるのか、
これを良いきっかけにできたらまだ報われるような。
感染爆発が起きてしまっている遠い外国の話と、
まだそこまでではないけど緊張感が高まる国内の話。
その国内の中でもまだ感染が報告されていない(ウィルスが無いということではない)鳥取から見ていて、
想像するしか無いけど考えてみた話。
そして、ザワザワしながら、
落ち着け自分、と言い聞かせるように、誰の役にも立たないような
肉体労働にいそしんでみたり。
3月中旬頃の、まだザワザワが弱かったころからの肉体労働をダイジェストでどうぞ。
(ヒーヒー言いながら汗かくのは精神衛生上、悪くないですね)
<畔を掘る作業…>

↓↓↓

↑時間の経過と共に畔の部分が大きくなって水田面積が減り、草刈り面積が増えていたところを
ひたすらスコップで掘る…これをもう1か所。しんどかった。
<トラクターの爪を交換する作業…>


トラクターの「爪」を交換。
さすがに、ゴリゴリ土を掘り返してくれるパワーはすごいのですが、爪がちびてきます。
交換も地味に大変。。。
<チェーンソーで木を切る作業…>


農道にせり出してくる木を、師匠と伐採。
チェーンソーデビュー。これ、ナラの木だそうで、しいたけを栽培することに(笑)
これまた何してんだろって思いながら、どうにかやり切りました。
<草多き田んぼを耕うん…>

↓↓↓(耕うん後)

今年から耕作することになった田んぼ。「自己保全」といって、1年間、草刈りとかの管理をしていただけで、何も栽培はしていなかったところ。これで「保全」されてたのか…耕作放棄地に見えなくもない(苦笑) 新しくした爪で、きれいに起こしました。
<罠の量産…>

以前のブログでも書いた「イノシシのくくり罠」を、量産(笑)
仕事って、いったい何なのでしょうね…(汗)